【短距離】なぜ速い人はスタートで足を擦るのか?【陸上競技】
こんにちは、KYです。
今日は、短距離走における「要」であるSD(スタートダッシュ)について書いていきたいと思います!
今回は「なぜトップスプリンターの多くがスタートの際に足を擦るのか?」というテーマでお送りします。
スタートで足を擦るとは?
まず、「足を擦る」とはどのような動作を指すのでしょうか。
こちらの動画をご覧ください。
100m世界記録保持者のウサイン・ボルト選手のスタート映像です。
注目していただきたいのは、スタートから2歩目の脚を引き出す瞬間です。
地面すれすれを脚が通過しているのがよく分かります。
擦り足スタートの2つのメリット
擦り足スタートには、2つのメリットがあります。
- 最短距離で脚を引き出すことにより、無駄のないスタートが切れる
- 股関節の伸展動作を強調できるので、中盤以降の加速に繋がる
一つずつ説明していきます。
1. 最短距離で脚を引き出すことにより、無駄のないスタートが切れる
下の図を見てください。
膝を一回畳んでから脚を引き出し、また下におろすという動作と、膝の角度を変えずにそのまま前に脚を引き出すのとでは、どちらが早く次の動作に移れるかは一目瞭然です。
更に、上方向への力がより少なくて済むため、より効率的に、無駄な力を使わずに進むことが出来るというメリットもあります。
また、左図の極端な例ですが、スタートで脚を「巻く」動作を強調すると、体が浮いてしまい、最も地面に対して力を加えたいスタート局面で力を上手く加えられない、という致命的な状態に陥ってしまいます。
ブロッククリア時には後脚のかかとは臀部に引きつけないで、地面に沿うように引き出すことの重要性が述べられています。
引き出す脚の膝を曲げ、かかとを引きつけるようにすると、いわゆる「巻き込み動作」が起きることで、より上に跳ね上がるような動きを生んでしまいやすくなると考えられます。
そういった状態に陥ることを防ぐという意味でも、擦り足スタートは理にかなったスタートであると言えます。
2. 股関節の伸展動作を強調できるので、中盤以降の加速に繋がる
2つ目の理由については、ちょっと専門的な話になります。
先ほどの図でも分かるように、擦り足をすると、膝の角度がほとんど変わらずに、体の前に引き出されます。
これは、「膝関節の伸展*1」動作をほとんど使っていないということになります。
ここで、スプリント時の主な関節動作と、動員される筋肉の名称を書いておきます。
- 股関節伸展(大殿筋)
- 股関節屈曲(腸腰筋)
- 膝関節伸展(大腿四頭筋)
- 膝関節屈曲(ハムストリングス)
スタート時と中間疾走時ではこれらの比率が異なってきます。
スタート時は最も大きな力を発揮する股関節伸展を中心に、他の3つも同程度のバランスで動員されます。
中間疾走に移ってくると、徐々に膝関節伸展の力発揮は少なくなり、股関節屈曲や膝関節屈曲の配分が大きくなります。
通常、スタート時は膝関節の伸展が強調されがちですが、そこをあえて強調しないようにする、というのが擦り足スタートのミソです。
そもそも、スプリントのように全力で運動している最中に、これらの筋活動のパターンを意識的に変化させることは非常に困難であることが知られています。
つまり、あまりに膝関節の伸展を強調したスタート動作を行うと、中間疾走にもその影響が残り続けてしまい、スムーズな加速を行えないという弊害が出てくるのです。
膝関節の伸展を強調したスタートは、スタート直後は速いように感じられますが、「より高いトップスピードを導く」という観点からは、擦り足を活用した、股関節伸展を強調したスタートの方が合理的、という結論になります。
「スタートの飛び出しは速いけど、徐々に失速して追い抜かれてしまう」といった悩みを持っている人は、「トップスピードにつながるスタートができていない」のが原因かもしれません。
擦り足スタートを行っているトップスプリンターは、意識してかせずかは分かりませんが、このことを感覚的に理解して行っている可能性が高そうです。
デメリットは?
ここまで見ていただいた方は、以下のような疑問をお持ちになるのではないでしょうか。
「じゃあ、擦り足スタートにはメリットしかないの?」
いえ、決してそうではありません。
擦り足スタートにもデメリットはあります。
主に、下記のようなデメリットがあるようです。
- 低く飛び出し過ぎてしまう
- 股関節の過伸展が起きる
- 全身の連動性が失われる
- 擦ることでのブレーキ
これらは、100m自己ベスト10秒33を持つ、現役スプリンターの草野さんのツイートから引用したものです。
動きに関しては海外でも賛否が分かれており、私が理解できた範囲では
— 草野 誓也 (@KANAbeerSeiya) 2019年2月28日
メリット
・低く飛び出せる
・水平方向の力を増やせる
・足のリカバリーの軌道を短縮できる
デメリット
・低い飛び出しになってしまう
・股関節の過伸展が起きる
・全身の連動性が失われる
・擦ることでのブレーキ
1の「低く飛び出せる」ということについては、メリットでもあり、デメリットでもあるようです。
恐らく、筋力がない人が擦り足スタートをやろうとすると、低い飛び出しとなるがゆえに、バランスを上手くとることが出来ず、かえってブレーキ動作になってしまう、ということなのではないかと思います。
2の「股関節の過伸展」については、実は私もよく分かっていません。
前に草野さんにTwitterの質問箱で直接質問したことがありますが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」と返されただけでした(笑)。
3については、確かに普通は意識しないと擦り足という動きにはならないので、うまく全身をコントロールするには、技術と筋力の両方が必要になるでしょう。
4については、簡単な回避方法があります。
「擦らなければ」いいんです(笑)。
本当に脚を擦ってしまうと、単純に摩擦によるロスになってしまうことや、シューズが早くダメになってしまう、といったデメリットがあります。
ですので、おすすめするのは「擦らない程度に擦り足動作を行う」ということです。
いずれにしても、擦り足スタートを使いこなすには、技術力と筋力の両方が高いレベルで必要になってきます。
競技を始めて間もない人や、筋力が不十分な人は、まずは自分の出やすい、自然体なスタートを磨くことをおすすめします。
そして、擦り足スタートを取り入れようという方も、そこには必ずメリットとデメリットがあることを承知したうえで、「トータルとして自分にとって本当にメリットの方が大きいか」を考えるようにしてください。
おまけ:以下の動画で草野さんが擦り足スタートについて解説されていますので、さらに詳しく知りたい方は見ることをおすすめします。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
*1:膝が曲がった状態から、伸ばされる